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小栗忠順の妻・道子とはどんな女性?ドラマで描かれた姿と実像

2027年大河ドラマは小栗上野介忠順について描かれる予定の「逆賊の幕臣」です。幕末の天才官僚として知られる小栗忠順。
その名を聞くと、勘定奉行としての功績や、横須賀製鉄所・造船所の建設、仏語学校の設立、陸軍伝習所の開設、
ガス灯設置や鉄道建設の提唱など、数々の殖産興業を成し遂げました。

幕府財政の立て直しにも尽力し、金札発行を推進してきたのに、​
悲劇的な最期を思い浮かべる人が多いかもしれません。

しかし――
その傍らには、静かに夫を支え、そして過酷な運命を生き抜いた妻・道子の存在がありました。

NHKドラマ『またもやめたか亭主殿』で、稲森いずみさんが演じた小栗忠順の妻・道子は、気品があり、どこか儚く、それでいて芯の強さを感じさせる女性として描かれています。
「あの美しい妻は実在したの?」

「実際の道子はどんな女性だったのだろう」
そう思って、このページにたどり着いた方も多いのではないでしょうか。

実は史実の中でも、小栗忠順の妻・道子は“美人だった”と伝えられる女性です。
けれど彼女の人生は、ただ美しいだけでは語れません。
夫の処刑、生活の激変、そして母として生きる覚悟――
ドラマでは描かれなかった、道子の現実の人生がそこにはありました。

この記事では、
小栗忠順の妻・道子とはどんな女性だったのか、
ドラマで描かれた姿と史実を交えながら、その人物像に迫っていきます。

小栗忠順の妻・道子の出自

小栗上野介忠順の妻・道子は、播磨国林田藩(現在の兵庫県加西市)主・建部政醇の娘として生まれました。
建部氏は清和源氏の流れを汲む譜代大名で、林田藩2万5千石を領していた家柄です。藩主であった父・政醇は藩政改革に努め、道子の母については史料に明確な記録は残っていませんが、武家女性として教養ある家柄であったと伝えられています。

道子自身はその美貌から「衣通姫」と称されるほどで、武家女性としての教養と品格を備えていました。数え30歳でようやく懐妊するまで子を授からなかったといわれ、夫・小栗忠順との関係は非常に篤く、互いに深い信頼と尊敬を持っていたことがうかがえます。

小栗家入りと家族関係

道子は、旗本小栗家との縁組により忠順の正室として迎えられ、江戸で暮らしました。
夫が渡米する前には、従妹の鉞子(小栗忠高の義弟・日下馬の娘)が養女として迎えられ、家内の結束が固められました。

また、大隈重信の妻・綾子も道子の従妹であり、後に忠順の遺児である国子の保護者となります。
これらの縁組や家族関係は、幕末の動乱期における小栗家の血統と家族の存続に大きく寄与しました。

道子の出自が示すもの

道子は単なる「幕臣の妻」ではありません。
清和源氏の血筋を持つ譜代大名の家に生まれ、教養・品格・美貌を兼ね備えた女性として育ったからこそ、

幕末の激動の中で夫を支え

家族を守り

後に娘を育てる覚悟を持つことができた

のです。

この出自と育ちがあったからこそ、道子は夫・忠順の処刑後も強く生き抜き、娘・国子を守ることができたのです。

加西市は私もよくいきます。
穏やかで温暖で平野が広くとてものびのびできる雰囲気がそこにはあります。

NHKドラマ「またもやめたか亭主殿」で描かれた小栗忠順の妻・道子

またもやめたかて亭主殿

NHKドラマ『またもやめたか亭主殿』の中で描かれた小栗忠順の妻・道子は、
いわゆる「おとなしい幕臣の妻」という枠に収まらない、強い印象を残す女性でした。

派手な言動はないものの、表情や佇まいから伝わってくるのは、
夫の立場や志を深く理解しているがゆえの落ち着きと覚悟。
物語の中で、道子は決して前に出ることはありませんが、
その存在があるからこそ、小栗忠順という人物がより立体的に見えてきます。

稲森いずみさんが演じた“道子”の印象

稲森いずみさんが演じた道子は、まず何より可憐でした。
着物姿や所作の一つひとつに品があり、画面に映るだけで空気が和らぐような存在感があります。

しかし、その可憐さの奥には、気丈さがしっかりと感じられました。
夫が幕末という不安定な時代の渦中に立たされても、感情を乱すことなく受け止める姿は、
「ただ守られるだけの妻」ではなく、「共に背負う覚悟を持った妻」であることを物語っています。

さらに印象的なのは、それでいて芯が強いという点です。
多くを語らず、前に出ることもない。
それでも、夫の選んだ道を否定せず、理解し、黙って支える。
稲森いずみさんの柔らかな演技だからこそ、
その静かな強さがより際立っていました。

ドラマの中の道子は、
小栗忠順を支える「理想の妻」として描かれているだけでなく、
夫を一人の人間として理解し、寄り添う存在として丁寧に表現されています。
だからこそ視聴者は、
「この妻がいたからこそ、小栗忠順はあの生き方を選べたのではないか」
と感じずにはいられないのです。

実在した妻・道子も美人だったと言われている

NHKドラマで描かれた道子の姿に、
「ドラマだから美しく描かれているのでは?」
と感じた人もいるかもしれません。

しかし実は、史実においても小栗忠順の妻・道子は“美人だった”と語られることの多い女性です。

史料に残る「美しい妻」という評価

道子について、はっきりとした肖像画や写真はほとんど残っていません。
それでも、伝記や後世の記述の中では、

「美人だった」

「品のある女性だった」

「いかにも武家の妻らしい佇まいだった」

といった表現が繰り返し使われています。

幕臣であり勘定奉行という重職にあった小栗忠順の妻として、
道子は自然と教養や礼節を身につけた女性であったと考えられます。
単に顔立ちが整っていたというよりも、
立ち居振る舞いや話し方、内面からにじみ出る品格が、
「美しい妻」という評価につながったのでしょう。

その意味で、
「小栗忠順 妻 美人」という言葉は、決して後世の美化だけではない
といえそうです。

ただ美しいだけではなかった道子の魅力

道子の魅力は、見た目の美しさだけではありません。
彼女は、夫・小栗忠順の置かれた立場を深く理解していた女性でもありました。

幕末という時代は、
昨日までの正義が今日には否定されるほど、価値観が激しく揺れ動く時代です。
勘定奉行として幕府の中枢にいた小栗忠順は、
常に政治的緊張と批判の渦中に立たされていました。

その状況の中で、道子は夫の志を否定することなく、
不安を抱えながらも共に生きる道を選んだのです。
それは、華やかな人生とはほど遠いものでした。

そして後に、
夫は処刑され、道子の人生は大きく転落していきます。
その結末を知ってから彼女の姿を振り返ると、
ドラマで描かれた穏やかな笑顔や静かな佇まいが、
より一層、胸を打つ存在として迫ってくるのではないでしょうか。

2027年大河ドラマで描かれる「道子」への期待

2027年の大河ドラマで小栗忠順が主人公として描かれるのであれば、
その妻・道子の存在も、物語に欠かせない人物になるはずです。

単なる「支える妻」ではなく、
激動の幕末を共に生き、夫の死後も生き抜いた一人の女性として、
どのように描かれるのか――。
みなさんはどんなふうに予想しますか?

誰が演じるんでしょうね?

ドラマでは描かれなかった、道子の“その後”

NHKドラマ『またもやめたか亭主殿』では、
小栗忠順と妻・道子の穏やかな日常や、夫婦の関係性が丁寧に描かれていました。
しかし、物語はある地点で幕を閉じます。

史実の中で、道子の人生は――
そこから大きく、そして過酷に変わっていきました。

小栗忠順は、幕府瓦解の混乱の中で処刑されます。
一夜にして、道子は幕臣の妻という立場を失い、未亡人となりました。
社会的な後ろ盾も、安定した暮らしも、すべてが崩れ去ったのです。

生活は一変しました。
昨日まで守られていた日常は失われ、
明日をどう生きるかを、自分で選ばなければならなくなります。
それは、幕末という時代の中でも、特に厳しい立場でした。

そんな中、道子は娘・国子を出産します。
夫を失った悲しみと不安を抱えながら、
それでも新しい命を守り、育てていく道を選びました。

母として生きるという選択は、
悲劇の中で前を向くための、たった一つの支えだったのかもしれません。
食べること、生きること、子を守ること。
華やかな歴史の裏側で、道子は静かに、しかし確かに生き続けていたのです。

ドラマでは、ここまで描かれていません。
けれど実際の道子の人生は、
この時からこそが本当の試練だったと言えるでしょう。

そして――
娘・国子は、どのような人生を歩んだのか。
処刑された父の名を背負い、母と共に生き抜いたその一生は、
また別の物語として語るに値するものです。

👉
小栗忠順の娘・国子の一生へと、物語は続いていきます。

まとめ|小栗忠順の妻・道子が私たちに残したもの

小栗忠順の妻・道子は、
歴史の教科書に大きく名が残る人物ではありません。
しかしその人生をたどると、幕末という激動の時代を、
一人の女性として、妻として、そして母として生き抜いた姿が浮かび上がってきます。

NHKドラマ『またもやめたか亭主殿』で描かれた道子は、
可憐で気丈、そして芯の強い女性でした。
その姿は決して誇張されたものではなく、
史実の中の道子にも重なる部分が多かったといえるでしょう。

実在の道子もまた、
「美人だった」「品のある女性だった」と語られる存在であり、
幕臣の妻として教養と礼節を身につけ、
夫・小栗忠順の立場と覚悟を理解し、共に生きた女性でした。

しかし彼女の人生は、
夫の処刑によって大きく変わります。
未亡人となり、生活は一変し、
その中で娘・国子を産み、育てていく――
そこには、ドラマでは描かれなかった、
静かで厳しい現実がありました。

小栗忠順の名が今に伝わる背景には、
その死後を生き抜いた妻・道子と、
次の世代へと命をつないだ娘・国子の存在があります。
歴史は、英雄だけで作られているわけではありません。
名もなき人々の選択と覚悟が、確かに積み重なっているのです。

そして、もし2027年の大河ドラマで小栗忠順が描かれるなら、
妻・道子の存在は、きっと改めて注目されることでしょう。
そのとき、彼女の人生を知ることは、
物語をより深く味わうための大きな手がかりになるはずです。

👉
次の記事では、小栗忠順の娘・国子の一生について詳しく紹介します。
父を失ったあとに生まれ、母と共に生き抜いた国子は、
どんな人生を歩んだのでしょうか。